2009 年 3 月 のアーカイブ

2009 年 3 月 31 日 火曜日

2008/3/28

東京都心の公園では、ようやく染井吉野が3~5分咲きほどになっていた。まだ蕾だけの木もあり、開花こそ早かったものの、ここ連日の花冷えのおかげで少しだけ長持ちしそうである。

人も多いが、野鳥もにぎやかに花見の宴を楽しんでいるようだ。望遠レンズで撮影していると、何事かと自然とギャラリーが増えてくる。私が異常なオーラを発して撮影してなければ、きっと通り過ぎてしまう方々であろう。普段なら「なんだヒヨドリか」と特に見向きもされない鳥ではあるが、花鳥図的な取り合わせが良いのか、携帯で、デジカメでと今日は老若男女にプチ人気者だ。桜に映えて美しい。

ヒヨドリは「下の宴会場」からお弁当を分けてもらうのに、愛想を振りまいてる場面も見受けられる。フライドチキンとかイカの燻製とか、人間の食べ物はあまり食べないほうがいいと思うが、毒ほど美味いのだ。

ヒヨドリ

ヒヨドリ

 遠くから見ると灰色一色の印象だが、アップで見ると霜降り模様が綺麗。

ヒヨドリ

ヒヨドリ

 

 

スズメはいたずらっ子で、咲いたばかりの花を軸からちぎってしまう。食べるわけでもなく、そのまま下に落とす。花盗人 – これぐらいなら罪にはなるまい。

スズメ

スズメ

こういう表情に癒されてしまい、まったく憎めない。
スズメ

スズメ

甘党

2009 年 3 月 24 日 火曜日

桜の季節がやってきた ~春分の頃~

ソメイヨシノにはまだ早かったが、公園で一足早く咲き始めた寒桜などには甘党のメジロやヒヨドリが群れて、忙しそうに花の蜜を吸っていた。桜の時期は人間も嬉しいが、生き物たちにとっても待望の季節に違いない。

メジロは吸蜜に夢中で、じっとしていると1メートルほどの距離まで近づいて来ることもある。小さくて、しぐさも可愛らしいので人気物だが、ギャラリーの会話を聞いていると、多くがこの鳥を「ウグイス」と間違えているようである。

なぜ?  1.色がいわゆるウグイス色  2.梅にウグイス(梅の蜜も好む)

実際のウグイスの体色は地味な茶褐色で、本来のウグイス色とはそちらの色に近いそうだ。残念ながらメジロのようなウグイス餅色ではない。それに警戒心が強いので「梅にウグイス」の構図のように、人目に付くようなところへはあまり出てこないのである。(実際に姿を見つけるのは難しい)

↑ これぞ「ウグイス」(真冬の撮影なので、寒々しい)

春先になると、藪の中で良い声でさえずる「ウグイス」。その声の主を、花に姿を見せる黄緑色の鮮やかな「メジロ」に結びつけた。声のウグイスと姿のウグイス、昔からこれらが混同されて来たのではないかというのである。

まあ、”メジロ豆”よりも”ウグイス豆”のほうが聞こえがいいかと思う。

 

ぶら下がって吸蜜-身軽である。

嘴の先を花粉だらけにしてあちこち動き回るので、蜜のご褒美と引き換えに受粉の手伝いをさせられているのである。これで来年も美味しい蜜を吸える訳だが、植物はしたたかである。

こちら人間様はと言えば、花粉を吸わないように必死だ。

ヒヨドリも蜜を吸いにやってくる。よく見ていると、花ごとついばんで食してしまうようで、お行儀の良いメジロに比べ大雑把な感じがする。すべてを食べ尽くすわけではないので、剪定作業とも言えなくはない。この時期、柔らかい若葉や新芽を好んで食べているので、蜜つきの花びらはさぞかし美味しいのだろう。そういえば人間様も、花びらを塩漬けにして食用にするのだった。

さよなら ブルートレイン

2009 年 3 月 14 日 土曜日

2009.3.14のJRダイヤ改正で、東京駅発着のブルートレインが全廃止になるとの話を以前より耳にしていた。

私はマニアというほどの鉄道愛好家ではないが、「ブルートレイン」と言えば花形列車で、子供の頃から(新幹線以上に)憧れを抱いていたものであったから、今回の廃止は少し残念である。

25年ほど前になるだろうか、東京から下関までブルートレイン「さくら」で往復の旅をした経験がある。それは15時間程もかかる(今思うと)贅沢な旅であった。新幹線で行けばあっという間であろうが、引率者の粋なはからいであった。

私はかつて枕が替わっただけで眠れないほどの神経質であったが、この寝台特急は驚くほど気持ちよく眠れたのが印象的であった。レールの「ガタンゴトン」音の心地よさとか、加速・ブレーキなどスムーズな職人業の運転のおかげだろう。それ以来どこでも寝られるようになってしまった。

それからもうひとつ、早朝、京都付近を通過中に偶然目覚め、眺めた景色に五重の塔がぼんやり浮かび上がっていた。それは幻想的で、今でも忘れられない。(夢ではない…と思うが)

もし新幹線だったらこれほど記憶に残っていなかったことだろう。

そんなわけで、廃止の日が近づくごとにだんだん気になってきたので、やっぱり最後にひと目見に行くことにした。

朝10時少し前に上り列車が田町駅(通勤下車駅)あたりを通過するのは知っていたので、ここなら都合良い。

ホームの先端には、日を追うごとにギャラリーの数が増えてきた。しかしマナーも悪くないし、ここでは心底鉄道が好きな方ばかり、という印象だ。
警笛が聞こえ、すぐに視界に入ってくると、思わず「来た!」と口に出してしまう。これで最後かと思うと感慨深い。

通過は一瞬であるが、ギャラリーは皆一様に満足で幸せそうな顔をしているのである。(しかし余韻も束の間、すぐさまホームを駆け出す姿も多かった。私と同じく出勤途中なのだろう。)

こういう時代である。利用者減なら仕方ない。単なる移動手段ではなく、旅路を楽しむゆっくり旅もなかなか良いものだったであろう。最後に乗車できた方は本当にラッキーである。

またひとつ昭和が終わった気がした。

富士・はやぶさ 09.03.12

富士・はやぶさ 09.03.12

いい大人が連日…

富士・はやぶさ 09.03.13

富士・はやぶさ 09.03.13

消える歩道

2009 年 3 月 4 日 水曜日

暫く書き込みをサボっていたらあっという間に3月になってしまいました。

チョット話題を変えて、最近気のついたことを…

「この先歩道ありません」我が家の近所にある立て札です。
近くにスーパーがあるため良く通る道なのですが、確かに歩道は徐々に細くなり、3メータ程で無くなってしまいます。
最初は「見りゃー分かるだろ。無駄なコトするなー」程度に考えて馬鹿にしておりました。
でも、よくよく考えてみると、何か変です。何故この様な注意書きが必要なのか?
ボーと歩いている人 (普通の人は見れば道が無くなることは分かるから進入しない) が、ふと気がついたら道が無くなっていた。普通なら引き返すはずですが、無理に車道を横断する人がいるかも知れない。 ウーン、やっぱり必要か? 。

そもそも、三角形の歩道を作ったから、こんな注意書きが必要になったのでしょう?
立て札のあるところで、歩道を止めて、ガードレールでも作っておけば済むはずです。
三角形の通れない歩道+立て札 =無駄な物を作り、それに蓋をする二重の無駄  だと思うのですが、これが日本の土木行政のやり方なのか?
探してみれば同じような無駄は他にもありそうな….